vol.8:1984
134.OWNER OF A LONELY HEART _ Yes
ロンリー・ハート #1:84/01/21-84/01/28(2wks.)

 1984年、最初のNo.1ソングがこの曲でした。
Pink Floydが1位になった時も驚きましたが、このプログレッシブロックの雄、Yesもシングルチャートで1位になるとは、思いもしませんでした。
Yesはイギリスのバンドですが、「Video Killed the Radio Star/ラジオスターの悲劇」を全英No.1ヒットにしたBugglesの2人、Trevor HornとJeff Downsが1980年に加入。しかし、はっきり言ってイロモノと思われていたBugglesの2人の加入をファンは快く思わなかったようで、アルバムは大コケし、Yesは解体してしまいます。
ところが、再出発となったこの曲で最大のヒットを記録。この曲のプロデュースも担当したTrevor Hornは、単なるイロモノではなかったことを証明したのでした。
ちなみに、この曲のビデオは、へびがうじゃうじゃ出てくることで、気持悪いビデオとして有名です。また、中森明菜の「サザン・ウインド」の間奏に、この曲のイントロがパクられていることは、当時の洋楽ファンには有名ですね。

135.KARMA CHAMELEON _ Culture Club
カーマは気まぐれ #1:84/02/04-84/02/18(3wks.)

 この曲は、Culture Clubの最大で唯一のNo.1ソングです。日本でも、オリコンで最高位26位を記録しています。
日本でもCulture Clubの人気は高く、気をよくしたのか、ビデオに日本風の映像が使われたり、この年、最高位17位を記録した「The War Song」では「せんそうはんた〜い」と日本語の歌詞も使われていて、日本びいきをアピールしていました。
しかし、やはり、Boy Georgeのワンマンバンドという印象が強く、正直言って、私も、Culture Clubが何人のバンドだったのかもよくおぼえていません。

136.JUMP _ Van Halen
ジャンプ #1:84/02/25-84/03/24(5wks.)

 この曲は、Van Halenの唯一のNo.1ヒットです。
Van Halenは、幼い頃にオランダからカリフォルニアに移住した、AlexとEddieのVan Halen兄弟を中心にしたバンドですが、この頃は、何と言ってもボーカルのDavid Lee Rothがバンドの顔でした。David Lee Rothは、この曲の歌詞も書いています。
ところが、彼はソロでのヒットを連発したことから、結局、Van Halenを脱退することになります。バンドの顔を失ったことで、Van Halenはおしまいなのではないかと思われましたが、新しいボーカリスト、Sammy Hagerを迎えて着実な活動を続け、かえって売れなくなってしまったDavid Lee Rothよりも成功を収めました。
近年、そのSammy Hagerも脱退し、David Lee Rothが再加入するという話がありましたが、何度かステージを一緒にしただけで、結局、元ExtremeのGary Cheroneが新しいボーカルとして加入しました。どうも、仲直りできなかったみたいです。

137.FOOTLOOSE _ Kenny Loggins
フットルース〜メインテーマ #1:84/03/31-84/04/14(3wks.)

 Kenny Logginsはワシントン州生まれ。70年代前半は、Jim Messinaとのデュオ、Loggins & Messinaとして活躍し、「Your Mama Don't Dance/ママは踊らない」で最高位4位を記録。70年代後半からは、ソロとして活躍し、3曲目のTop 10ヒットとなったこの曲が、彼にとって最初で唯一のNo.1ヒットとなりました。
「Footloose」は、Kevin Bacon主演の青春映画で、日本でも大ヒット。主題歌のこの曲はオリコンで最高位24位を記録しています。この映画からは多くのヒット曲が生まれました。その後、Kenny Logginsは、映画「Top Gun」でも、主題歌「Danger Zone」を歌いましたが、こちらは、最高位2位で、惜しくもNo.1にはなれませんでした。

138.AGAINST ALL ODDS(TAKE A LOOK AT ME NOW) _ Phil Collins
見つめて欲しい #1:84/04/21-84/05/05(3wks.)

 映画主題歌のNo.1が2曲続きます。しかし、大ヒットした「Footloose」とは違って、こちらの映画「Against All Odds/カリブの熱い夜」は大コケしてしまい、映画好きの私も見たことがありません。
Phil Collinsはロンドン生まれ。芸歴は古く、子役としてCMに出演していた他、Beatlesの主演映画「A Hard Day's Night/ビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア!」にもエキストラ出演していることが、Beatlesマニアには有名です。
Phil Collinsは、Genesisのドラマー兼ボーカリストで、この、「ドラマー兼ボーカリスト」というのは、彼とEaglesのDon Henley、日本ではC-C-Bくらいじゃないかと言われる、非常に珍しい存在でした。Phil Collinsは、ソロでは、Genesisのサウンドとは違って、バラードをフィーチャーしていて、その結果か、Genesis本体よりも先にNo.1を獲得したのでした。

139.HELLO _ Lionel Richie
ハロー(出逢いの扉) #1:84/05/12-84/05/19(2wks.)

 この曲は、Lionel Richieのソロとして、3曲目のNo.1になります。
バラードの帝王のイメージの強い彼ですが、本人はそのイメージがいやだったのか、2枚目のソロアルバムでは、ダンサブルな1stシングル「All Night Long」に続いて、ロックっぽい「Runinng with the Night」を2ndシングルとしてリリースしたのですが、これが、最高位7位と、当時の彼にしては低い順位に甘んじてしまいました。
しかし、3rdシングルとしてリリースされたこの曲は、見事に首位を獲得。やはり、彼にはバラードが似合います。この曲はイギリスでも彼にとって初のそして唯一のNo.1ヒットとなっています。盲目の女性とのコミュニケーションを題材にしたこの曲のビデオもなかなか感動的でした。

140.LET'S HEAR IT FOR THE BOY _ Deniece Williams
レッツ・ヒア・ボーイ #1:84/05/26-84/06/02(2wks.)

 1978年にJohnny Mathisとのデュオ「Too Much, Too Little, Too Late/涙のデュエット」をNo.1ヒットにしているDeniece Williamsのソロとしての初、そして、唯一のNo.1ヒットは、映画「Footloose」からの2曲目のNo.1ヒットでした。
映画「Footloose」からは、Mike RenoとHeartのAnn Wilsonのデュエット「Almost Paradise/パラダイス〜愛のテーマ」が最高位7位、Shalamerの「Dancing in the Sheets」が最高位17位、Bonnie Tylerの「Holding Out for a Hero/ヒーロー」が最高位34位と、5曲のTop 40ヒットが生まれました。
ところが、「Almost Paradise」は「金曜の妻たちへII男たちよ、元気かい」の、「Holding Out for a Hero/ヒーロー」は、麻倉未稀がカバーして「スクール・ウォーズ」の、また、Moving Pivturesの「Never」を元Pink LadyのMIEがカバーして「不良少女とよばれて」の主題歌にと、この年のTBSを代表するドラマにことごとく使用されました。
TBSは、このアルバム、足を向けて寝られなかったのではないでしょうか?

141.TIME AFTER TIME _ Cyndi Lauper
タイム・アフター・タイム(過ぎ去りし想い) #1:84/06/09-84/06/16(2wks.)

 Cyndi Lauperはニューヨーク生まれ。最高位2位で、Cash Boxでは1位になったデビュー曲「Girls Just Want to Have Fun/ハイスクールはダンステリア」で初めて彼女を知った時は、「また1人、威勢のいい女性ボーカリストが出て来たもんだ」とかなりの衝撃をおぼえたものですが、後に、この当時すでに30過ぎのいいおばさんなのだということを知って2度びっくりという感じでした。
この衝撃は、2ndシングルとなったこの曲の見事なバラードぶりでさらに深まり、結局、デビューアルバムからは4曲がTop 10入り、5曲がTop 40入りという大成功を収めることになります。
なお、この曲のビデオには、Cyndiの実の両親も出演していて、なかなかの親孝行ぶりを見せています。また、このビデオのラストで、Cyndiが見せる手の動きが手話で何か言っているのではないかと話題になりましたが、手話は国によって違うので確認できていません。私にとって、20年来の謎になっています。

142.THE REFLEX _ Duran Duran
ザ・リフレックス #1:84/06/23-84/06/30(2wks.)

 1983年編で予告していた、Duran Duranの登場です。
Duran Duranは、Culture Clubと並ぶ、1983年から1984年にかけてのブリティッシュインベージョンの立て役者で、凝ったビデオでMTVで人気を得たことも、化粧する男を広めたこともCulture Clubと同じでしたが、Culture ClubがBoy Georgeのワンマンバンドなのに対して、Duran Duranはメンバーみんながそんなイメージだったということで、ヴィジュアル系バンドの元祖と言っていいのではないかと思います。
しかし、Duran Duranのサウンドは、いかにもイギリスっぽくて、アメリカではもうひとつ受けが悪かったのですが、この曲は、Nile Rodgersのリミックスをくわえてシングルカット。オリジナルのアルバムバージョンとは全然違う、かっこいい曲に仕上がっていて、彼らにとって最大のヒットとなりました。
私も大好きな曲なのですが、そのあたりの事情を知らないのか、多くのカラオケでは、アルバムバージョンがカラオケ化されていて、歌ってもイマイチのれないのが残念です。
なお、Duran Duranのグループ名は、映画「バーバレラ」に登場する悪役の名前がもとになっていることはSFファンには有名です。 

143.WHEN DOVES CRY _ Prince
ビートに抱かれて #1:84/07/07-84/08/04(5wks.)

 Princeの登場です。
Princeはミネアポリス生まれ。18歳でデビューし、1980年に「I Wanna Be Your Lover」を最高位11位のヒットとしていた彼の初のNo.1ヒットは、自伝的映画「パープル・レイン」からの1曲で、アルバムはアルバムチャートで24週連続1位を記録。Princeはその人気を不動のものとしたのでした。
Billboardの発表した年間チャートでは、この曲が年間1位でしたが、「American Top 40」の年間チャートでは、Paul McCartney & Michael Jacksonの「Say Say Say」に敗れて年間2位でした。

144.GHOSTBUSTERS _ Ray Parker Jr.
ゴーストバスターズ #1:84/08/11-84/08/25(3wks.)

 この曲は、流し目の魅力で、一部ではアメリカの杉良太郎なんて呼ばれていたRay Parker Jr.のRaydio時代を通じて初で唯一のNo.1ヒットです。
この曲も、大ヒットした映画「Ghostbusters」の主題歌で、ビデオは、映画のシーンを使えるため制作費が安くあがったからという理由で、映画の出演者はもちろん、そうではない有名人もたくさん出演していて、みんな「Ghostbusters!」と叫んでいました。
ところが、この曲のアレンジが、Huey Lewis & the Newsの「I Want a New Drug」にそっくりだとして訴えられ、和解はしたものの、この曲の作者でもある、Ray Parker Jr.は、多額の和解金を払ったようで、トータルではあまり儲からなかったみたいです。

145.WHAT'S LOVE GOT TO DO WITH IT _ Tina Turner
愛の魔力 #1:84/09/01-84/09/15(3wks.)

 Tina Turnerは、1976年に離婚するまで、60年代から70年代にかけて、Ike & Tina Turnerとして活躍した夫婦デュオの片割れです。
Tina Turnerと言えば、強い女のイメージがありますが、結婚していた間は、夫であるIkeの暴力に散々悩まされていたということを後に告白し、世間を驚かせました。
また、Tina Turnerは、Ike & Tina Turnerとして、1960年に最高位27位を記録した「A Fool in Love」でチャートに初登場して以来、24年目にして初めてNo.1を獲得するという、No.1になるまでに最も時間を要したアーティストとなりました。 しかし、そうした苦労の末に掴んだこの曲で、Tina Turnerはこの年のグラミーの各賞を総なめにすることになるのでした。

146.MISSING YOU _ John Waite
ミッシング・ユー #1:84/09/22(1wk.)

 70年代後半にBabysというイギリスのバンドがありました。しかし、アイドルバンドのように思われていて、世間の評価は高くありませんでした。ところが、私は、1979年に最高位13位を記録した「Every Time I Think of You/愛の出発」をはじめ、彼らの曲が大好きで、彼らには一目置いていました。
結局、80年代に入ってすぐ、彼らは解散してしまったのですが、メンバーの1人、Jonathan CainはJourneyに参加し、「Who's Crying Now」や「Open Arms」といったロックバラードの名曲を生み出しました。
そして、Babysのリーダーであり、ボーカリストでもあったJohn Waiteが本領発揮して放った初のメジャーヒットがこの曲で、それは、彼にとって初のNo.1ヒットになり、Babysは伝説のバンドとなったのでした。
John Waiteは、この後、Bad Englishを結成し、1989年に「When I See Your Smile」を再びNo.1ヒットにしていますが、現在は、またソロとして活躍しています。

147.LET'S GO CRAZY _ Prince & the Revolution
レッツ・ゴー・クレイジー #1:84/09/29-84/10/05(2wks.)

 Princeの2曲連続のNo.1ヒットは、映画「Purple Rain」からの2曲目のNo.1ヒットでした。
この後、Princeは「Purple Rain」の同名主題歌をリリースしましたが、Cash Boxでは1位になったものの、Billboardでは2位止まりでした。
「Purple Rain」からは、次に、「I Would Die 4 U」という「お前は愛と誠の岩清水宏か!?」と思わせるシングルをリリースしましたが、さすがに4枚目とあって、この曲は最高位8位に甘んじました。しかし、PrinceのまねをしてR&B系のアーティストに多い、forを4と書き、youをUと書くのを広めたのがこの曲であることはまちがいありません。

148.I JUST CALLED TO SAY I LOVE YOU _ Stevie Wonder
心の愛 #1:84/10/13-84/10/27(3wks.)

 Cash Boxでは、毎年のように1位になっていたStevieでしたが、Billboardでは、ソロとしては、「Sir Duke/愛するデューク」以来、7年ぶりのNo.1ヒットとなったのがこの曲でした。
また、この曲は、イギリスでも、Stevieにとって初のNo.1ヒットとなりました。イギリスでは、6週連続1位の大ヒットとなり、年間1位も夢ではないと思われたのですが、12月になってからリリースされ、集計対象週は3週しかないはずのBand Aidの「Do They Know It's Christmas」が、当時のイギリスの歴代最高記録となる300万枚の大ヒットとなり、これが年間No.1になりました。まさにとんびにあぶらげといった感じで、「British Top 20/全英Top 20」でこの結果を聞いた時は唖然としてしまいました。
1月から12月まで、次々とその月を代表する行事が出てきますが、「そんな特別な日じゃないけど、単にI love youを言いたくて電話したんだよ」という、「不思議の国のアリス」の「何でもない日ばんざい」を思い出すこの曲は、本来は、映画「The Woman in Red」の主題歌ですが、映画はコケています。ちなみに、サントラになるアルバムバージョンでのこの曲はやたら長いです。

149.CARIBBEAN QUEEN(NO MORE LOVE ON THE RUN) _ Billy Ocean
カリビアン・クイーン #1:84/11/03-84/11/10(2wks.)

 Cash BoxではPrinceの「Purple Rain」が1位になっていた時に、替わってBillboardの1位になっていたのがこの曲で、この曲は、Cash Boxでは1位になっていません。
Billy Oceanはトリニダード・トバゴ生まれ。アメリカよりもイギリスで人気が先行したアーティストで、イギリスでは、1976年に「Love Really Hurts without You」が、1977年には「Red Light Spells Danger」がともに最高位2位を記録している他、数曲のスマッシュヒットがありましたが、アメリカでは、「Love Really Hurts without You」が最高位22位を記録していただけで、この曲は彼にとって久々のヒットとなりました。
そのためか、最初、この年の夏にイギリスでリリースされた時は「European Queen」という曲だったのですが、コケてしまったため、アメリカでのリリースに際して「Caribbean Queen」に変えられ、これが成功してNo.1ヒットの大ヒットとなりました。
この曲は、今をときめくJive Recordsの最初のNo.1ヒットでもあります。

150.WAKE ME UP BEFORE YOU GO-GO _ Wham!
ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ #1:84/11/17-84/12/01(3wks.)

 Wham!の登場です。
Wham!は、学生時代からの友人同士だったGeorge MichaelとAndrew Ridgeleyの2人組です。今でこそ、Geroge Michaelが有名になってしまったので、Wham!はGeorge Michaelのワンマンバンドで、Andrewはツービートのビートきよしのようなおマケ的存在だったと思われがちですが、実は、この当時は、Wham!の事実上のリーダーはAndrewのほうで、GeorgeはAndrewの才能をうらやましがっていたといいます。
この曲は、本国イギリスではこの年の6月にNo.1を記録。すでに日本でもかなり人気が出ていたので、私は夏の暑い盛りにこの曲をよく聞いていた記憶があり、どうも、この曲には夏のイメージがあるのですが、半年遅れで冬に初ヒットとなったアメリカでは、そんなイメージはないでしょうね。
ちなみに、グループ名の「wham」は、「どかん」といった爆発音を表す擬音です。

151.OUT OF TOUCH _ Daryl Hall & John Oates
アウト・オブ・タッチ #1:84/12/08-84/12/15(2wks.)

 この曲は、彼らにとって、6曲目で、そして、今のところ最後のNo.1ヒットです。
この頃、絶大な人気を誇っていた彼らでしたが、このあとはあまり大きなヒットに恵まれていません。
とは言え、現在もまだまだ活躍中で、近年、発表されたベストアルバムからの新曲は、日本のFM局でもなかなかの評判でした。そのうち復活するかもしれませんね。

152.LIKE A VIRGIN _ Madonna
ライク・ア・ヴァージン #1:84/12/22-85/01/26(6wks.)

 いよいよ、マドンナの登場です。
「Burning Up」で、最初にMTVでMadonnaを見た時は、やたらくねくねしてる露出狂といった感じで、「何だこの女は?」といったイメージだったのですが、「Holiday」「Lucky Star」「Borderline」とスマッシュヒットを連発。美人な上に作曲も手がけているとあって、「そのうち、絶対、大人気になる!」と友人達に啓蒙していました。
そんな折、MTVのVideo Music Awardsのステージで、ウェデングドレスでこの曲を披露。それまでの彼女を知っている者としては、「どのツラ下げてバージンみたい」なんて言えるんだと大笑いで、案の定、大ヒット。彼女の人気を不動のものとしたのでした。
この曲は、日本でも、オリコンで最高位19位を記録。日本では、この曲で彼女を知ったという人が多いでしょう。


- PLUS ALPHA -


99 LUFTBALLONS _ Nena
ロックバルーンは99 #2:84/03/03(1wk.)

 ネーナは、ドイツのかわい子ちゃん、ネーナ・ケルナー率いるロックバンド。彼女のアイドル的人気もあって、ドイツ語であるにもかかわらず、Billboardでは最高位2位、CASH BOXでは1位になりました。
また、イギリスでは、「99 Red Balloons」と改題された英語版でNo.1を獲得。世界的なヒットとなっています。
日本でもネーナは大人気になり、ネーナ人気をあてこんで、彼女の主演映画も公開されたのですが、その映画の中の彼女が脇毛ぼうぼうで幻滅したという話が口コミで拡がり、大きくイメージダウン。映画もコケてしまい、ネーナの人気もあっさりなくなってしまいました。何が災いするかわからないものです。
なお、この曲の日本版では、チャッカーズや中森明菜のヒット曲などを手掛けていることで有名な売野雅勇さんが訳詞を書いているのですが、Star Trekのカーク船長のことを「キルク」と訳していて、「売野さんはカーク船長を知らないのか..」と、Star Trekの大ファンである私としては、がっかりしたものです。
まあ、確かにあの当時、日本ではStar Trekはそれほど有名ではありませんでしたが、ネーナは思いっきり、「キャプテンカーク」と叫んでるんですけどね。

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