vol.5:1981
87.THE TIDE IS HIGH _ Blondie
夢みるNo.1 #1:81/01/31(1wk.)

 1981年の最初のNo.1ヒットは、ブロンディーの3曲目のNO.1ヒットで、再び、Mike Chapmanと組んでのヒットでした。
 この曲は、個人的に非常にお世話になった曲で、と言うのは、私は「My Favoritre Song Chart」と銘打って自分の好きな曲のTop 10を決め、よく、それをカセットテープに編集していたのですが、単に曲をかけるだけでは面白みにかけるので、この曲の
"..Number one, Number one.."
の部分をジングルにして、1位の曲の前にかけていました。ジングルは他にも、2位がLene Lovichの「Lucky Number」、3位がCulture Clubの「Mistake No.3」、5位が「マッハGo! Go! Go!」の主題歌、8位がTommy Tutoneの「867-5307/Jenny」、10位がJim Croceの「Box #10」などがありました。

88.CELEBRATION _ Kool & the Gang
セレブレーション #1:81/02/07-81/02/14(2wks.)

 この曲は、ニュージャージーで結成されたのは、1964年に遡るという大ベテラングループ、クール&ザ・ギャングの唯一のNo.1ヒットです。
 この曲に代表されるファンキーなサウンドが持ち味の彼らですが、その後、1984年に「Joanna」、1985年に「Cherish」とバラードタッチな曲があいついで大ヒットしています。しかし、どちらもおしくも2位止まりで、1位にはなれませんでした。
 その1984年から1986年にかけて、彼らは、「Joanna」「Tonight」「Fresh」「Misled」「Cherish」「Emergency」「Victory」と1語だけのタイトルの曲をシングルとして連発しました。 大ヒットした「Celebration」が1語だけのタイトルだったので、縁起をかついでいたのでしょうか?  

89.9 TO 5 _ Dolly Parton
9時から5時まで #1:81/02/21,81/03/14(2wks.)

 120cmバストがアメリカの男達を魅了したカントリーシンガー、ドリー・パートンは、Whitney Houstonの「I Will Always Love You」や日本で大ヒットしたOlivia Newton-Johnの「Jolene」の作者としても知られる才媛で、この曲は、彼女が初めて女優にも挑戦した同名映画の主題歌でした。
 さて、この曲が1位になった頃、私は受験のために上京していました。実は、上京したその日が雪の日で、新幹線で東京駅に着いた途端、生まれて初めて雪が降っているところを見て感動し、雪だるまを作って遊んだ結果、かぜをひいて散々な目にあいました。
 また、当時、私が出た高校の卒業式は2月20日頃だったため、受験と重なった私は卒業式に出ることができず、悔しい思いをしました。現在は改善されて、卒業式は3月1日頃になったようです。

90.I LOVE A RAINY NIGHT _ Eddie Rabbitt
恋のレイニー・ナイト #1:81/02/28-81/03/07(2wks.)

 というわけで、カントリーシンガーが2曲続けてNo.1です。
 ディスコブームが終焉を迎えたこの頃は、カントリー再燃の兆しがあり、この2曲連続No.1もその影響を否定できません。RFラジオ日本が「全米Top40」に続けて、FENでは「American Top 40」に並ぶ人気番組だった「American Country Countdown」を放送するようになったのもこの頃でした。
 「American Country Countdown」は、BillboardのCountry ChartのTop 40を紹介する番組でしたが、いくらCountry Chartとは言え、上位の曲くらいはHot 100にも入ってきてよさそうなのに、全くと言っていいほどそれがないのが不思議でもあり、アメリカの音楽シーンの懐の深さなのかと感心もしたものでした。
 しかし、その後、MTVの登場により、今で言うビジュアル系のバンドやブリティッシュムーブメントの台頭によってカントリーは下火になります。RFラジオ日本も「American Country Countdown」に代わって「全英Top20」を放送するようになりました。
 ちなみに、前述の通り私はこの頃、受験や引っ越しで大忙しだったためシングルは買いそびれています。後に輸入盤のシングルを買っていますが、輸入盤のシングルにジャケットはありませんでした。

91.KEEP ON LOVING YOU _ REO Speedwagon
キープ・オン・ラヴィング・ユー #1:81/03/21(1wk.)

 ぱっと見ただけでは、「ジャケット写真が違うんじゃないの?」と思われた方がいるかもしれませんが、この曲、日本では「In Your Letter/涙のレター」のB面としてリリースされています。彼らの最高傑作をB面にするとはなんともったいないことをしたことでしょう。
 REO(アール・イー・オー)スピードワゴンは、文字通り、苦労人だった、Kevin Cronin率いる5人組で、10年に渡る下積み生活の末、この年、アルバム「Hi Infidelity/禁じられた夜」がアルバムチャートのトップを独走してメジャーの仲間入りを果たしました。この曲はそのアルバムからの1stシングルで、日本ではこの曲のA面となった「In Your Letter/涙のレター」は3枚目のシングルとしてリリースされ、最高位20位を記録しています。

92.RAPTURE _ Blondie
ラプチュアー #1:81/03/28-81/04/04(2wks.)

 Blondieの2曲連続、そして、4曲目のNo.1です。この曲は、後半がラップになっていて、事実上、初めて全米No.1となったラップナンバーですが、まだラップが音楽のジャンルとして確立していなかった当時、ラップがこれほどメジャーな音楽になるとは誰も思っていなかったことでしょう。Mike Chapmanの先見性がうかがえる1曲です。
 ところで、この曲には、
"..You eat Cadillacs, Lincolns too,
Mercurys and Subarus,.."
という歌詞(と言うかラップ)があります。日本車が海外でそれほど売れていなかった当時において、富士重工のスバルが、キャデラック、リンカーン、マーキュリーと並ぶ名車として認識されているのだろうかと驚いたものですが、単に韻を踏むためにこの名前を出したというのが正解なような気がします。 

93.KISS ON MY LIST _ Daryl Hall & Joan Oates
キッス・オン・マイ・リスト #1:81/04/11-81/04/25(3wks.)

 Hall & Oatesの4年ぶり、2曲目のNo.1ですが、その前のNo.1「Rich Girl」のヒット以降はそれほどぱっとしなかった彼らの、この曲がヒットしてからの活躍はめざましく、事実上、この曲が彼らにとっての出世作となりました。日本でも、この曲で彼らを知った人は多いでしょう。
 この曲は、Daryl Hallとその妻になるSara Allenの妹、Janna Allenとの共作です。

94.MORNING TRAIN(9 TO 5) _ Sheena Easton
9 to 5(モーニング・トレイン) #1:81/05/02-81/05/09(2wks.)

 スコットランド出身のシーナ・イーストンは、BBCに抜擢されて、デビューするまでの1年間を密着取材され、デビュー曲「Modern Girl」ははっきり言ってこけたものの、そのドキュメンタリー番組が放送されるやいなや、2ndシングル「9 to 5」はイギリスで最高位3位を記録。ついでに「Modern Girl」もチャートを再浮上し、最高位6位を記録したシンデレラガールです。
 そして、その勢いのままアメリカ上陸を果たし、アメリカではNo.1を獲得しました。
 この曲は、アメリカでは、同時期に既にヒットしていたDolly PartonのNo.1ヒットと同じタイトルではまぎらわしいという理由で「Morning Train」と改題されてリリースされたと言われていますが、同名異曲は別に珍しくないので、単なる話題作りのために改題されてしまったかわいそうな曲なのではないかと思います。
 この年、Sheena Eastonは、「Modern Girl」が最高位18位。映画「007/For Your Eyes Only」の主題歌が最高位4位と大活躍しました。

95.BETTE DAVIS EYES _ Kim Carnes
ベティ・デイビスの瞳 #1:81/05/16-81/06/13,81/06/27/-81/07/18(9wks.)

 前年、「More Love」が最高位10位、Kenny Rogersとのデュエット曲「Don't Fall in Love with a Dreamer/荒野に消えた愛」が最高位4位を記録していたキム・カーンズはL.A.生まれ。この曲は彼女にとって唯一のNo.1ヒットで、この年の年間1位にもなっています。
 タイトルにあるベティ・デイビスは1930年代から1940年代にかけて大人気だった美人女優で、この曲のヒットのおかげで彼女の往年の出演作が静かなブームになったといいます。
 ちなみに、この曲が収録されていたアルバム「Mistaken Identity/私の中のドラマ」のジャケットは、最初は、白っぽい服を着た彼女がソファーの上にすわっているアンニュイな感じの写真だったのですが、SMっぽいこの曲のプロモーションビデオでの、黒服の彼女の強い女のイメージが強烈だったため、この写真にジャケットが変更されてしまいました。ただし、この変更は日本盤がリリースされる前だったので、変更前のジャケットの日本盤はありません。

96.MEDLEY:INTRO VENUS/SUGAR SUGAR/NO REPLY/I'LL BE BACK/DRIVE MY CAR/DO YOU WANT TO KNOW A SECRET/WE CAN WORK IT OUT/I SHOULD HAVE KNOWN BETTER/NOWHERE MAN/YOU'RE GOING TO LOSE THAT GIRL/STARS ON 45 _ Stars On 45
ショッキング・ビートルズ45 #1:81/06/20(1wk.)

 来ました!メドレーブームの火付け役となったStars on 45の登場です。この後、クラシックのメドレー「Hooked on Classics」やBeach Boysのメドレーなどが大ヒットしました。
 彼らはオランダのスタジオミュージシャンの集まりですが、正式なアーティスト名がなく、アメリカではStars on 45、イギリスではStarsound、日本ではスターズ・オンと呼ばれていました。
 また、彼らの曲にも正式なタイトルがなく、おかげで、Billboardはメドレーとなっている曲すべての曲名を羅列するという安直な手段を取ったため、当然ながら最も長いタイトルのNo.1ヒットとなりました。
 曲自体はものまねによるビートルズメドレーですが、なぜかイントロがShocking Blueの「Venus」で、それにArchiesの「Sugar Sugar」が続きます。Shocking Blueはオランダ出身のグループなので、それに敬意を払ったのではないかとわかるのですが、Archiesの曲がかかる理由はいまだにわかりません。
 なお、彼らの第2弾「Stars on 45 Vol.2」はAbbaメドレーで、ヨーロッパ各国で大ヒットし、イギリスでも最高位2位を記録しています。Abbaファンの私としては、こちらのほうが好きで、カラオケにならないかなーと思います。ちなみに、Voulez-Vous/S.O.S./Bang-A-Boomerang/Money, Money, Money/Knowing Me, Knowing You/Fernando/The Winner Takes It All/Super Trouper と続きます。ビートルズメドレーもそうなのですが、スマッシュヒットの連続になっていて、「Dancing Queen」のような大ヒット曲が入っていないのは、やはり著作権料が高いからなのかなと勘ぐってしまいますね。

97.THE ONE THAT YOU LOVE _ Air Supply
シーサイド・ラブ #1:81/07/25(1wk.)

 この曲は、デビュー以来、7曲連続Top 5入りと絶大な人気を誇った、オーストラリアのグループ、エア・サプライの唯一のNo.1ヒットです。
 彼らは、本国オーストラリアよりも、アメリカや日本でのほうが売れました。特に日本では、その爽やかさから「ペパーミントサウンド」と呼ばれ、夏や海をイメージさせるアーティストとして、サザンやチューブのように、夏が来るたびに売れるアーティストになりました。
 そのため、日本では、いかにも爽やかなポップスである、日本でのデビュー曲「Lost in Love」がダントツの一番人気でしたが、アメリカでは、Air Supplyはこの曲のようなバラードに定評のあるアーティストととらえられていたようで、日本とはちょっと違った売れ方をしていたように思います。
 最初は5人組だったAir Supplyは、写真を見るとわかるように、この頃2人増えて7人になっていましたが、結局、最後には、ツインボーカルのGraham RusselとRussel Hitchcockの2人だけになってしまいます。それだけ、この2人を中心にしたグループだったということですね。
 テレビドラマの主題歌になったことで、この曲が収録されている2ndアルバムから日本だけでシングルカットされた「I'll Never Get Enough of You」は、
"..I'll Never Get Enough
Never get enough.."
の部分が「寝ぼけるな、寝ぼけるな」と聞こえるというのが、ジョークボックスのおなじみのネタでした。

98.JESSIE'S GIRL _ Rick Springfield
ジェシーズ・ガール #1:81/08/01-81/08/08(2wks.)

 リック・スプリングフィールドはシドニー生まれ。1972年に「Speak to the Sky/大空の祈り」が最高位14位を記録したものの、その後、歌手としてはヒットに恵まれず、この曲が久々のヒットとなったのは、テレビドラマ「General Hospital」で若い医者を演じて人気を得た直後のことでした。
 というわけで、オーストラリアのアーティストが2曲連続No.1です。この後も、Men At WorkやInxsなどが出てくるわけで、80年代前半はちょっとしたオーストラリアブームになっていました。よくラジオオーストラリアを聞いていた私としても、これは非常にうれしいことでしたが、私が一番好きだったオーストラリアのアーティスト、Mondo Rockはついにアメリカでは人気を得ることができませんでした。Mondo Rockのヒット曲「State of the Heart」は、後に、Rick Springfieldがカバーし、1985年に最高位22位を記録しています。  

99.ENDLESS LOVE _ Diana Ross & Lionel Richie
エンドレス・ラブ #1:81/08/15-81/10/10(9wks.)

 CommodoresのLionel RichieがDiana Rossと組んで、9週連続No.1の大ヒットになったこの曲は、同名映画の主題歌でした。結局、この曲のヒットで自信がついたのか、この後、Lionel RichieはCommodoresを離れてソロとして活躍することになります。彼にとっても記念すべき1曲だったと言えるでしょう。
 さて、「Endless Love」は、ブルック・シールズの主演映画で、ブルック・シールズと言えば、一時期は美人女優の代名詞だったほどでしたが、仕事を選ぶのがへたなのか、いまだにこれといった代表作がありません。オードリー・ヘップバーンやイングリッド・バーグマンが現在でも絶大な人気を誇っているのは、名画に出演していることが大きいわけで、そんな出演作のない彼女はそのうち忘れ去られてしまうのだろうかと思うとかわいそうな気がします。
 なお、この曲は数年前に、Mariah CareyがLuther Vandrossとのデュエットでカバーをリリースしましたが、オリジナルには遠く及びませんでした。  

100.ARTHUR'S THEME(BEST THAT YOU CAN DO) _ Christopher Cross
ニューヨーク・シティ・セレナーデ #1:81/10/17-81/10/31(3wks.)

 この曲は、映画「Arthur/ミスター・アーサー」の主題歌で、音楽を担当したバート・バカラックが、この歌を歌うのはChristopher Cross以外ありえないと熱望して実現した曲ということで、ジャケットにも、バート・バカラックの名前が載っています。しかし、それ以上に、
「..もし、月とニューヨークの間で動けなくなったなら
そしたらもう恋に落ちるしかないね..」
というちょっと突拍子もない歌詞がこの曲の最大の魅力になっています。
 そう、この歌詞を書いたのは、私が一番好きな作詞家、Carole Bayer Sagerなのですが、ジャケットにはこのことが触れられていないのがくやしいです。

101.PRIVATE EYES _ Daryl Hall & John Oates
プライベート・アイズ #1:81/11/07-81/11/14(2wks.)

 この曲は、「Kiss on My List」のNo.1を生んだアルバム「Modern Voice」に続く同名アルバムからの第1弾シングルで、彼らにとって3曲目のNo.1ヒットとなりました。
 彼らが探偵に扮したこの曲のビデオはなかなかおもしろい出来になっていて、Hall & Oatesのビデオと言えばこれという感じになっています。  

102.PHYSICAL _ Olivia Newton-John
フィジカル #1:81/11/21-82/01/23(10wks.)

 この曲を初めて聞いた時は驚きましたね。あの清純派のオリビアがこんなスケベな歌を歌うのかと。しかし、それ以上に驚いたのは、プロモーションビデオを紹介する番組の先駆けとなった「Best Hit U.S.A.」でのライブパフォーマンスで、レオタード姿で登場した彼女は床に寝そべり大股を開いてエアロビクスしながらこの歌を歌っていました(口パクですが)。こんなことまでするようになったのかと、あんぐりしながら見た彼女の姿は忘れることができません。(まあ忘れてもビデオに録っているので見ればいいのですが..)
 過激な内容から、放送禁止にするラジオ局も多かったこの曲ですが、結局、10週連続No.1というとてつもない大ヒットとなり、翌年の年間1位になっています。  


- PLUS ALPHA -


WHILE YOU SEE A CHANCE _ Steve Winwood
ユー・シー・ア・チャンス #7:81/04/18-81/04/25(2wks.)

 「Physical」のところでちょっと触れましたが、この年の春、伝説の番組「Best Hit U.S.A.」がスタートしました。この番組は本来はアメリカのチャート番組「Solid Gold」の日本版で、「Solid Gold」自体は「ザ・ベストテン」のように、Top 20に入っているアーティストのライブパフォーマンスを売り物にしていた番組だったのですが、アーティストが会場に来ていない曲については、その曲をBGMに、ダンサー達がダンスを披露するというシュールな内容になっていました。
 ところが、日本ではそのダンスの評判が悪く、代わりにプロモーションビデオを流すようになったため、後には「Solid Gold」の映像はほとんど使用されなくなりました。
 そして、この「Solid Gold」ひいては「Best Hit U.S.A.」が使用していたのが、Radio & Recordsのチャートだったのですが、当時、Radio & Recordsは弱小新聞だったため、モニターしていたラジオ局が少なかったのか、そのチャートはBillboardやCASH BOXとはちょっと違っていて、やたらロック系の曲が強いチャートになっていました。Billboardでは最高位7位のこの曲が1位になっているのもRadio & Recordsらしいです。
 しかし、その後、Record Worldが廃刊になり、3大音楽業界誌の1つに数えられるようになった数年後には、Radio & RecordsのチャートもBillboardやCASH BOXと非常によく似たものになるのでした。

THE THEME FROM "THE GREATEST AMERICAN HERO"(BELIEVE IT OR NOT) _ Joey Scarbury
グレイテスト・アメリカン・ヒーローのテーマ #2:81/08/15-81/08/22(2wks.)

 この曲は、ある日、UFOに遭遇した高校教師が、地球を救えと異星人からスーパーマンになれるスーツをもらったものの、取扱説明書をなくしてしまったため悪戦苦闘するという内容の、日本では「アメリカン・ヒーロー」のタイトルで放送されたSFドラマの主題歌で、CASH BOXでは1位になっています。
 とは言え、この曲がヒットしていた頃は、まだ日本ではこの番組は放送されていなかったため、邦題もオリジナルの「グレイテスト・アメリカン・ヒーロー」のままでしたし、ジャケットに描かれている「中」のマークも謎でした。
 そして、後に日本でも放送開始され、スーパーマンが「S」のマークを胸につけているように、アメリカン・ヒーローの胸には「中」のマークがあるのだということがわかるのですが、では、一体、「中」は何なのだろうと考えるに、やはり、スーパーマンのなりそこないの「ちゅうぱーまん」の「ちゅう」なのだろうとオチがつくのでした。

WAITING FOR A GIRL LIKE YOU _ Foreigner
ガール・ライク・ユー #2:81/11/28-82/01/30(10wks.)

 この年の年末から翌年にかけて、Billboardでは、「Physical」が1位を独走しましたが、「Physical」は放送禁止になっていたところが多かったこともあって、CASH BOXやRadio & Recordsでトップを独走したのはこの曲でした。
 フォリナーは、イギリス人とアメリカ人による混成バンドでしたが、グループの中心的存在だったMick JonesとIan McDonaldの2人はともにイギリス人で、アメリカで活動するのに疎外感を感じていたということからグループ名をこの名前にしたのだといいます。
 そんな彼らのサウンドは、ハードなロックでありながらメロディアスな曲が身上で、日本でも高い人気を得ていました。
 ところが、2週連続2位に終わった「Double Vision」に続いて、この曲はついに10週連続2位でとうとう1位になれなかったため、Foreignerはこのまま無冠の帝王になってしまうのかと思われたのですが、それは、3年後に回避されることになります。
 しかし、そのNo.1ヒットよりも、私の親友が一番好きな曲だと言っていたこの曲のほうが、Foreignerの代表曲としてふさわしい曲だと私は思います。

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