vol.3:1979
48.TOO MUCH HEAVEN _ Bee Gees
失われた愛の世界 #1:79/01/06-79/01/13(2wks.)

 この曲は、「Saturday Night Fever」の大ヒット後初の、ビー・ジーズのオリジナルアルバムからの第1弾ということで期待されましたが、意外にもディスコサウンドではなく、昔の彼らを彷彿させるラブバラードでした。
 また、この曲は、この年、1979年が「国際児童年」に指定されていたことから、UNICEFへの協賛歌として、印税はすべてUNICEFに寄付されています。
 このUNICEFへの協賛は、Bee Geesの他にもABBA、Donna Summer、Earth Wind & Fire、そして、日本からもゴダイゴなど、多くのアーティストが参加していて、国連本部で行われたチャリティーコンサートは日本でもテレビで放送されました。しかし、私が住んでいた宮崎ではそれは放送されず、悔しい思いをしました。

49.DA YA THINK I'M SEXY? _ Rod Stewart
アイム・セクシー #1:79/02/10-79/02/03(4wks.)

 「Tonight's the Night/今夜きめよう」以来、2年ぶりのNo.1となったロッド・スチュワートですが、その後、1994年にBryan AdamsやStingとともに歌った映画「三銃士」のテーマ「All for Love」以外、No.1ヒットはありませんので、事実上、彼の最後のNo.1ヒットということになります。
 ロンドン生まれのRod Stewartですが、ロッドと言うと美女をそばにはべらしているというイメージが強いのですが、どうもそのイメージはこの曲やこの曲が収録されている大ヒットアルバム「スーパースターはブロンドがお好き/Blondes Have More Fun」のジャッケットからのような気がします。
 実はこの曲、Bee Gees同様、UNICEFの国際児童年の協賛曲になっていて、印税はUNICEFに寄付されているのですが、一番、子供には聞かせたくないタイプの曲のような気がします。
 ちなみに、なぜかBillboardでは、ずっと「Do You Think I'm Sexy」と表記されていましたが、口語調の「Da Ya Think I'm Sexy?」が正式なタイトルです。

50.I WILL SURVIVE _ Gloria Gaynor
恋のサバイバル #1:79/03/10-79/03/17.79/04/07(3wks.)

 この曲は、日本では布施明のカバーバージョンがオリコンで最高位13位を記録する大ヒット。麻生よう子のバージョンもヒットし、グロリア・ゲイナー本人のバージョンもオリコンで最高位31位を記録。ディスコヒットの名曲として現在でも人気が高いですね。
 Gloria Gaynorはニュージャージー州生まれ。1974年に「Never Can Say Goodbye」が最高位9位のヒットになって以来の久々、2曲目のヒットは、もともとはB面だったのに、こちらのほうが人気が出てしまい、結局、A面とB面がひっくり返されてしまったものでした。
 実はその、最初、A面としてリリースされた曲は、南アフリカ出身の女性5人組クラウトが、1978年にヨーロッパ各国で大ヒットさせた「Substitute/いつわりの恋」のカバーでした。Cloutのオリジナルは、私も大好きな曲でしたが、アメリカでは最高位79位に終わっています。

51.TRAGEDY _ Bee Gees
哀愁のトラジディ #1:79/03/24-79/03/31(2wks.)

 またまたBee Gees登場。5曲連続No.1です。
 さて、この曲がヒットしていた頃、日本では、水谷豊主演のドラマ「熱中時代」が大ヒット。最終回は視聴率40%をマークし、いまだに日本テレビの歴代ドラマ視聴率No.1なのですが、この直後に放送開始された、同じく水谷豊が主演した続編「熱中時代・刑事編」の主題歌で、水谷豊本人が歌っていた「カリフォルニア・コネクション」のイントロが、まさにこの「Tragedy」の間奏にそっくりでした。
 つまり、大ヒット中の曲をあからさまにパクったわけですが、私も「熱中時代」は大好きでしたから、「しょうがないなー」と思いながら毎週見てました。結局、「カリフォルニア・コネクション」はオリコンで最高位3位を記録する大ヒットになっています。

52.WHAT A FOOL BELIEVES _ Doobie Brothers
ホワット・ア・フール・ビリーヴス #1:79/04/14(1wk.)

 ドゥービー・ブラザーズにとって、1975年の「Black Water」以来の2曲目のNo.1は、この年のグラミーを総ナメにした名曲でしたが、Michael McDonaldの加入により、それまでの言わば泥くさいカントリーフレーバーのサウンドは、「ポコポコ」と言った感じのキーボードをフィーチャーした都会的なサウンドに一新。古くからのファンにはとまどいを感じさせるものでした。
 また、この曲は、Michael McDonaldとKenny Logginsの共作で、アルバム発表時は「ある愚か者の場合」という邦題がついていましたが、シングルカットにあたって、英題そのままのカタカナのタイトルに変わっています。

53.KNOCK ON WOOD _ Amii Stewart
ノック・オン・ウッド #1:79/04/21(1wk.)

 この曲は、1966年のEddie Floydのヒットのリメイクですが、Otis Reddingをはじめ数多くのアーティストがカバーしています。その中でも、ディスコというか、「かっこいい!」という表現がぴったりのアレンジのエイミー・スチュワートのこのバージョンはピカイチです。
 Amii Stewartは、ワシントン生まれ。しかし、この曲は、活躍の場をブロードウェイからロンドンに移してからのヒットでした。
 ちなみに、ジャケット写真をよく見るとわかるかもしれませんが、日本では、この曲はB面扱いで、アメリカでも全くヒットしていない「You Really Touched My Heart/恋の直撃!」がA面になっています。なんで、こんなかっこいい曲をB面にしてしまうのか信じられなかったですね。

54.HEART OF GLASS _ Blondie
ハート・オブ・グラス #1:79/04/28(1wk.)

 セックス・シンボルとして一世を風靡したデビー・ハリー率いるブロンディーの最初の全米No.1ヒットがこの曲でした。
 それまで、パンクっぽいサウンドでイギリスではスマッシュヒットがあったものの、アメリカではイマイチだった彼女達も、Mike Chapmanをプロデュサーに向かえたことでサウンドを一新。Mike Chapmanとの二人三脚によるビッグアーティストへの道を歩んだのでした。
 ちなみに、私は、この曲の最初「ポコポコ」という音がどうしてもコーヒーメイカーの音を連想してしまいます。

55.REUNITED _ Peaches & Herb
恋の仲直り #1:79/05/05-79/05/26(4wks.)

 ピーチズ&ハーブは、1967年に3曲のスマッシュヒットを放ったソウルデュオでしたが、その後泣かず飛ばずで、ハーブは歌手をやめ、警官になっていました。
 しかし、Herbは歌手への思いを断ち切れず、新たなパートナーを得て芸能界に復帰。この年の3月に、いかにもディスコサウンドの「Shake Your Groove Thing」が最高位5位のヒットとなって見事カムバック。そして、続く、このバラードは初のNo.1ソングとなりました。
 1978年から1979年にかけては、まさにディスコブームの絶頂期ですが、実は、それに隠れてバラードの名曲が数多く生まれています。「Reunited」もそんな曲の1つですね。

56.HOT STUFF _ Donna Summer
ホット・スタッフ #1:79/06/02,79/06/16-79/06/23(3wks.)

 ディスコの女王、ドナ・サマー再登場です。この曲は、現在では、ダイエットコークのCMソングとしておなじみですね。
 清涼飲料水のCMに、"HOT" STUFFというのは違うだろ?という気がしますが、その前に、「HOT STUFF = 熱いモノ」が男性器の隠喩であることは歴然なので、いいのかなー?という気もします。
 また、モーニング娘。の「ハッピーサマーウェディング」のイントロの出だし2小節くらいが、この曲のイントロにそっくりですが、つんくの場合、あそこまで露骨だとパクリというよりもオマージュなのではないかという気がして怒る気にならないです。
 「恋のダンスサイト」の元ネタと言ってもいい、Genghis Khanの「Dschinghis Khan/ジンギスカン」(※アーティス名と曲目はつづりが異なる)もこの頃のヒット曲。そのうち、ArabesqueやBoney Mなんかの曲がネタに使われるんじゃないかなんて思ってます。

57.LOVE YOU INSIDE OUT _ Bee Gees
ラヴ・ユー・インサイド・アウト #1:79/06/09(1wk.)

 Bee Gees6曲連続のNo.1です。これは、Whitney Houstonの7曲連続に次ぐ歴代2位の記録ですが、1位は1週だけで翌週には「Hot Stuff」が返り咲き。また、Cash Boxでは1位になっていないということで、かろうじて1位になったというのが本当のところです。
 当時のBillboard Hot 100とCash Box Top 100を比べると、ロック系の曲はCash Boxのほうが順位が高い。人気のあるアーティストの曲はBillboardのほうが順位が高い、という傾向があり、個人的には、「曲重視のCash Box、アーティスト重視のBillboard」と思っていたので、私はCash Boxのチャートのほうが好きでした。
 そのためや、私はアルバムも持っていたので、この曲のシングルは買っていません。すみません。

58.RING MY BELL _ Anita Ward
リング・マイ・ベル #1:79/06/30-79/07/07(2wks.)

 「Hot Stuff」が男性器の隠喩なら、この「My Bell」が女性器の隠喩であることは一目瞭然ですね。「Hot Stuff」は1位に返り咲いていたので、事実上,2曲連続でスケベな曲が1位になったわけで、まあ、アメリカらしいと言えばアメリカらしいです。
 アニタ・ワードは、テネシー州メンフィス生まれ。多くのゴスペル歌手同様、教会の聖歌隊上がりです。もともと、この曲は、10代の女の子同士が「いつでも電話してね」と会話するという内容の歌だったらしいのですが、「Ring My Bell」というタイトル以外はがらっと変わってしまったのだそうです。

59.BAD GIRLS _ Donna Summer
バッド・ガール #1:79/07/14-79/08/11(5wks.)

 わずか2週をおいて、ディスコの女王、Donna Summerが2曲連続のNo.1です。私としては、この「Bad Girls」よりも「Hot Stuff」のほうが好きなのですが、「Hot Stuff」のNo.1は3週なのに対して「Bad Girls」は5週連続No.1なので、こちらのほうが売れました。
 ディスコの女王と呼ばれる、Donna Summerですが、この曲以降は、同じ1979年にBarbra Streisandとのデュエット曲「No More Tears」が1位になっているだけで、他にNo.1ヒットはありません。
 まさに、ディスコの盛衰とともにあったアーティストと言えるでしょう。

60.GOOD TIMES _ Chic
グッド・タイムス #1:79/08/18(1wk.)

 シックの2曲目、そして、最後のNo.1ヒットです。「Le Freak」といい、この曲といい、ディスコサウンドでありながらロックっぽい仕上がりになっていて、いかにもNile Rodgersの作品という感じがします。
 彼らの3rdアルバムの先行シングルとしてリリースされたこの曲ですが、この時すでに、Nile RodgersとBernard EdwardsのコンビはSister Sledgeのアルバムをプロデュースしていて、「We Are Family」は5月に最高位2位を記録。彼らは名プロデューサーコンビへの道を歩み始めていました。

61.MY SHARONA _ Knack
マイ・シャローナ #1:79/08/25-79/09/29(6wks.)

 来ました!来ました!世紀の一発屋、ナックです。実際には、2ndシングル「Good Girls Don't」は最高位11位。2ndアルバムからの「Baby Talks Dirty」も最高位38位を記録しているので、一発屋ではないのですが、年間1位となったこの曲の印象があまりにも強すぎるためか、Knackと言えば一発屋の代名詞のようになっていますね。
 この曲は、日本でもよくCMのBGMに使われているので、今でもおなじみでしょう。私の洋楽カラオケの十八番の1曲でもあります。
 Knackは、L.A.出身の4人組。ディスコサウンド全盛のこの頃、ブリティッシュロックっぽい彼らのサウンドは非常に新鮮で、マスコミから「Beatlesの再来」と騒がれて、一躍、スターダムにのし上がりました。実は、この曲もMike Chapmanがプロデュースしています。
 なお、シャローナは、Knackのリーダーで、この曲の作者でもある、Doug Fiegerの彼女の名前です。

62.SAD EYES _ Robert John
サッド・アイズ #1:79/10/06(1wk.)

 1971年、Tokensの「Lion Sleeps Tonight/ライオンは寝ている」のリメイクを最高位3位のヒットにしたことで知られるロバート・ジョンが、Bobby Pedrick Jr.の名前でHot 100に初めてエントリーしたのは1958年。実に、21年目にしての初のNo.1でした。
 また、この曲は、Hot 100にエントリーして20週目にしてようやく1位にたどりついた曲で、それは、Nick Gilderの「Hot Child in the City」と並ぶ当時の記録でもありました。
 ファルセットで歌う甘いバラードのこの曲は、日本では、ディスコ調の「Love of a Woman/恋するウーマン」のB面としてリリースされ、全く話題にもならず、店頭に並んでいるところも見たことがなかったので、私もつい買いそびれてしまいました。
 そして、数年後、たった1度だけ、中古屋さんで売られているのを見つけたのですが、当時、中古シングルの相場は\300〜\350だったのに、それは\1000だったため「高い!」と思って買わなかったところ、数日後には売れてしまっていました。思えば惜しいことをしたと後悔するばかりです。

 (ジャケット写真は永井 泉実さんにいただきました。)

63.DON'T STOP 'TIL YOU GET ENOUGH _ Michael Jackson
今夜はドント・ストップ #1:79/10/13(1wk.)

 マイケル・ジャクソンは説明不要ですね。当時21才のマイケルですが、写真の通り、Jackson 5時代の幼さの残る顔は、まだ黒いです(笑)。
 この曲が1位になった週は、ラジオ関東(現在のRFラジオ日本)での「全米Top 40」の放送がちょうど7周年をむかえた週で、しかも、第1回1972年10月14日の放送で1位だったMichael Jacksonが再び首位に立ったという因縁からか、その第1回の放送を30分くらいかけて再放送しました。
 1972年と言えば、私はまだ洋楽にめざめていなかった頃なので、なじみのない曲が多かったのですが、その中に、1976年、日本における最大の洋楽ヒットとなったDaniel Booneの「Beautiful Sunday」があったのは興味深かったです。

64.RISE _ Herb Alpert
ライズ #1:79/10/20-79/10/27(2wks.)



 A&Mレコードの創設者(A&Mの'A'はAlpertの'A')であり副社長だったハーブ・アルパートは、「A Taste of Honey/密の味」やオールナイトニッポンのテーマ曲として有名な「Bitter Sweet Samba」で知られるティファナ・ブラスのリーダーでもあるトランペット奏者です。
 Tijuana Brassとしてのヒットも多いHerb Alpertですが、この曲は、1968年の「This Guy's in Love with You/ディス・ガイ」以来、2曲目のソロとしてのNo.1で、インストゥルメンタルの「Rise」と違って「This Guy's in Love with You」はちゃんと歌詞のある歌なので、Herb Alpertは、ボーカルでもインストゥルメンタルでも1位になった唯一のアーティストということになります。今後、2人目が出ることはないでしょう。
 ちなみに「This Guy's in Love with You」は、やたらとエコーがかかっている曲で、お風呂の中で歌っているような不思議な魅力のある曲です。

65.POP MUZIK _ M
ポップ・ミューヂック #1:79/11/03(1wk.)

 Mの正体は、イギリス人Robin Scottで、最初は、「M」は本物ではないという意味の「Mirror」のことだなどと言っていましたが、実は、パリでは地下鉄(メトロ)をあらわす大きな「M」のマークがあちこちにあるので、それを芸名にすればタダで宣伝してもらえるようなものだという、あざとい考えだったようです。
 その結果、イギリスでの最高位2位をはじめヨーロッパ各国で大ヒット。そして、イギリスでヒットしてから半年後、テクノポップとしては事実上初の全米No.1ヒットとなりました。
 なお、「Pop Muzik」は、わざと「music」の綴りを変えているため、邦題も「ポップ・ミュージック」ではなく「ポップ・ミューヂック」にしているところはなかなか憎いです。
 しかし、歌詞の中で、ニューヨーク、ロンドン、パリと来て、次にボンやベルリンではなくミュンヘンが来るのはちょっと違和感がありました。これは、もちろん、「Muzik」と韻を踏むためなのですが、私にとって、ミュンヘンと言えば、ビールの街とか昔オリンピックがあった街といったイメージしかありません。誰もが流行の最先端を行っていると認める、ニューヨーク、ロンドン、パリとは風格が違う気がするのですが..。

66.HEARTACHE TONIGHT _ Eagles
ハートエイク・トゥナイト #1:79/11/10(1wk.)

 大ヒットしたアルバム「Hotel California」に続くアルバムとして、多くの人が期待をふくらませて待っていたニューアルバムからの第1弾シングルは、なんとディスコっぽく仕上がっているこの曲でした。
 Eaglesと言えば、ウェストコーストサウンドを代表する、からっとしたさわやかなイメージのバンドだったはずなのに、Joe Walshのハードロック志向のサウンドばかりか、ディスコにまで手を染めてしまったとはと、私は、この曲を初めて聞いた時、唖然としてしまいました。
 しかし、それは本人達のほうがよくわかっていたようで、このあと主要メンバーは次々と脱退し、結局、Eaglesは解散してしまうことになります。
 現在、アメリカのアルバム売上げ歴代No.1がEaglesのベストであることは有名ですが、実は、それは、Joe Walshが加入する前の1975年までのヒットを集めたもので、彼らの一番の代表作である「Hotel California」は収録されていないことは、あまり知られていない事実です。 

67.STILL _ Commodores
スティル #1:79/11/17(1wk.)

 コモドアーズの2曲目のNo.1ヒットは、アルバム「Midnight Magic」からの2ndシングルでした。
 実は、「Midnight Magic」からの1st シングル「Sail On」はCASH BOXでは1位になったのですが、この「Still」が発売されて人気がこちらに移ってしまったため、Billboardでは1位になれませんでした。そして、逆に、「Still」は、CASH BOXでは1位になっていません。
 私は、「Still」よりも「Sail On」のほうが好きだったことや、アルバムを持っていたことから、「Still」のシングルは買わなかったのですが、今では、「Sail On」よりも「Still」のほうがNo.1にふさわしい曲だという気がします。やはり、Billboard Hot 100で1位になったという肩書きの重みなのでしょうか。

 (ジャケット写真は永井 泉実さんにいただきました。)

68.NO MOTR TEARS(ENOUGH IS ENOUGH) _ Barbra Streisand & Donna Summer
ノー・モア・ティアーズ #1:79/11/24-79/12/01(2wks.)

 1978年、Neil Diamondとのデュオで1位になったことに味をしめたか、Barbra Streisandの4曲目のNo.1ヒットは、ディスコの女王、Donna Summerとのデュエットで、Donna Summerにとっても4曲目のNo.1となりました。
 この曲は、Barbra Streisandが所属していたColumbiaレコードと、Donna Summerが所属していたCasablancaレコードの両方でリリースされ、Columbia盤では、Barbra Streisand & Donna Summer、Casablanca盤では、Donna Summer & Barbra Streisandとクレジットされていましたが、アメリカの2大メーカーの1つClumbiaと弱小レーベルCasablancaでは勝負にならず、Columbia盤のほうがはるかに売れました。
 しかし、日本では、Columbia盤はCSBソニーから30cmシングルとして、Casablanca盤はビクターから通常の17cmシングルとして発売されたため、私はビクター盤を買っています。写真の名前の順番が逆なのはそういうわけです。 

69.BABE _ Styx
ベイブ #1:79/12/09-79/12/16(2wks.)

 この曲は、ギリシア神話の「三途の川」を意味する、スティクスの唯一のNo.1ヒットです。
 Styxは5人組ですが、バラードに定評のあるDennis DeYoung、哀愁を帯びたロックがいいTommy Shaw、そして、ギンギンのハードロックのJames Youngと、3人が3者3様の曲を書き、だいたい自分が書いた曲は自分がメインボーカルを取るという、Fleetwood Macと同様の構成を取っていました。
 しかし、その中でも、Dennis DeYoungの書いた曲はピカイチで、この曲は、そんなDennis DeYoungの最高傑作です。

70.ESCAPE(THE PINA COLADA SONG) _ Rupert Holmes
エスケイプ #1:79/12/22,80/01/12(2wks.)

 古女房に飽きた男が文通相手と意気投合し、実際に会ってみたら相手は自分の女房だったという、ユーモラスな内容のこの曲は、70年代最後のNo.1になりました。
 副題にもなっている、ピニャコラーダは、「パイナップル峠」を意味する、ラムにパインジュースとココナッツミルクをくわえたカクテルで、この曲のヒットで一躍有名になり、現在では代表的なトロピカルドリンクの1つになっています。しかし、私はココナッツミルクが苦手なのであまり好きではありません。
 また、この曲は、当時できたばかりだったInfinityレコードからリリースされていたのですが、親会社だったMCAの方針転換からMCAに吸収合併されることになり、無限という名前とは裏腹に半年ほどでなくなってしまいました。Infinityは、No.1ヒットを出したのにつぶれてしまったレーベルとして語り草になっています。


- PLUS ALPHA -


MUSIC BOX DANCER _ Frank Mills
愛のオルゴール #2:79/02/03-79/02/17(3wks.)



 日本では、相撲部屋のおかみさんになった高田みづえが歌ってオリコンで最高位25位を記録したカバー「潮騒のメロディー」としても知られるこの曲は、BillboardでもCASH BOXでも1位になっていませんが、当時の3大音楽業界誌の1つ、Record Worldでは1位になりました。
 「週刊FM」誌と提携していて、2週間遅れくらいで週刊FMにチャートが掲載されていたので、「全米Top 40」を聞くのに重宝したRecord Worldは、CASH BOXをやめたCASH BOXの元重役が興した会社で、「チャートは金で買える」という噂があり、実際、BillboardやCASH BOXには時たま怪しい動きがあった当時において、Record Worldだけはそんなことはないと、アーティスト達には絶大な信頼を得ていました。
 Record WorldのチャートをBillboardやCASH BOXのチャートと比べると、ややセールス重視かなと思われたのと、バラード系統の曲が強いという傾向がありました。タイトル通り、オルゴールでの演奏をイメージさせるこのインストゥルメンタル曲が1位になっているのもRecord Worldらしいです。

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