vol.1:1977
1.YOU DON'T HAVE TO BE A STAR(TO BE IN MY SHOW) _ Marilyn McCoo & Billy Davis,Jr.
星空のふたり #1:77/01/08(1wk.)

 1977年最初のNo.1を飾ったのがこの曲。マリリン・マックーとビリー・デイヴィス・ジュニアーは、「Aquarius/Let the Sunshine In /輝く星座」などのヒットで知られる、Fifth Dimensionの中心人物だった2人による夫婦デュオ。輝かしい過去の実績に別れを告げ、新たな道を選んだのを祝福するかのようなヒットでした。
 この年、彼らはTBSが主催していた東京音楽祭に出演しています。プロモーションビデオが普及していなかった当時、海外のアーティストが歌う姿を見ることはめったになかったので、私も楽しみにしてテレビを見ましたが、彼らが歌ったのはこの曲ではなかったのが残念でした。

2.YOU MAKE ME FEEL LIKE DANCING _ Leo Sayer
恋の魔法使い #1:77/01/15(1wk.)

 ファルセットボイスの心地よい、レオ・セイヤーはイギリス生まれ。Three Dog Nightの大ヒット曲「The Show Must Go On」の作者として知られていた彼の2曲目のTop 40ヒットで、初のNo.1となったのがこの曲でした。
 この曲のイントロは、フジテレビの「ひらけ!ポンキッキ」にBGMとしてよく使われていました。ポンキッキには、Doorsの「Light My Fire/ハートに火をつけて」やStevie Wonderの「Sir Duke/愛するデューク」なども使われていて、「スタッフに洋楽好きの人がいるんだろうな..」と思ったものです。

3.I WISH _ Stevie Wonder
回想 #1:77/01/22(1wk.)

 言わずと知れた盲目の天才シンガー、スティーヴィー・ワンダーはミシガン州生まれ。病院のミスにより、育児器の中が酸素過剰になったため失明したそうです。しかし、目が見えないかわりに培われた音楽の才能は、12才にしてプロデビュー。13才にして「Fingertips - Pt.2」をNo.1ヒットにさせたのでした。
 この曲は、Elton Johnの2枚に続いて、史上3枚目のアルバムチャート初登場1位を記録した名盤「The Songs in the Key of Life/キー・オブ・ライフ」からの第1弾シングル。1991年の集計方法改正以降、アルバムチャートでの初登場1位は珍しくなくなってしまいましたが、当時ではものすごいことでした。なお、「キー・オブ・ライフ」は、アルバム2枚にシングル1枚という、21/2(2.5)枚組と言われた変則的なアルバムでした。
 ところで、この曲、なぜ「I Wish」が「回想」という邦題になるのかなのですが、幼い日々を思い出して「昔に帰りたいな..」という内容の曲なので、「なるほど..」とうならされ、なかなかいい邦題だと思います。
 最近、Will Smithの「Wild, Wild West」が、この曲のイントロをサンプリングしていましたね。

4.CAR WASH _ Rose Royce
カー・ウォッシュ #1:77/01/29(1wk.)

 洗車場を舞台にした同名の映画「Car Wash」の主題歌で、陽気な黒人の店員さんたちが歌いながら車を洗っているというイメージがぱっと頭に浮かぶのですが、どう考えても、映画自体は見たおぼえがありません。私は結構映画が好きですし、主題歌がヒットしている映画はたいてい見ているので、「この映画、日本では公開されたのかな?」というのが正直な感想です。少なくとも、私が住んでいる田舎街では上映されていませんね。
 ローズ・ロイスは男女混成9人組の黒人グループですが、「Car Wash」なので、最初は、てっきり、グループ名は「ロールス・ロイス」なのだろうと思っていました。 同じ勘違いをしていた人は私以外にも多いのではないでしょうか?

5.TORN BETWEEN TWO LOVERS _ Mary MacGregor
過ぎし日の想い出 #1:77/02/05-77/02/12(2wks.)

 P.P.M.の愛称で知られる、Peter,Paul & MaryのPeter Yarrowのバックコーラスをつとめていたメアリー・マッグレガーはミネソタ州生まれ。すでに20代後半で、結婚して5年たっていたという彼女は、おそまきのデビューながら、Peter Yarrowの作曲、プロデュースという強力なバックアップを受けて、デビュー曲をNo.1ヒットにしたのでした。
 しかし、「過ぎし日の想い出」という邦題から連想されるロマンティックな内容とはほど遠い、「2人の男性を同時に愛しちゃいけないの?」という身勝手な女性の歌であるため、Mary本人はこの曲が好きではなかったそうです。この曲のヒット以降、忙しさのあまり離婚してしまったことも、彼女がこの曲を嫌っている原因のひとつになっているかもしれません。
 ところで、「Torn」は本来は「トーン」ですが、Maryの発音はどう聞いても「ターン」にしか聞こえません。そのためか、日本盤のシングルのジャケットには「TURN」とミスプリされています。まあ、「MacGregor」も「MacGragor」とミスプリされているので、担当者がそそっかしかっただけなのかもしれませんが..。

6.BLINDED BY THE LIGHT _ Manfred Mann's Earth Band
光で目もくらみ #1:77/02/19(1wk.)

 この曲、私もかなり好きなのですが、アメリカでヒットしていた頃にレコードが手に入らなかったので買いそびれてしまっています。
 マンフレッド・マンは南アフリカ出身のジャズピアニスト。イギリスで結成した、自分の名前をグループ名にしたManfred Mannの「Do Wah Diddy Diddy」が、No.1を記録。4曲のTop 40を生んだものの後が続かず、この曲は、次々とバックバンドを変えた後の久々のヒットでした。
 また、この曲は、まだ無名だった頃のBruce Springsteenの作品であることでも有名ですが、バリバリのロッカーとなったBruceにとってはこの曲は自分のイメージとは合わないということで、Bruceがこの曲をライブで歌うことはないそうです。

 (ジャケット写真は永井 泉実さんにいただきました。)

7.NEW KID IN TOWN _ Eagles
ニュー・キッド・イン・タウン #1:77/02/26(1wk.)

 ベスト盤がアルバム売上げ歴代1位となっているイーグルスは、Linda Ronstadtのバックバンドだったことで有名です。ウェストコーストサウンドの代表格と言われる彼らですが、実はオリジナルメンバーの4人は、4人とも西海岸の出身ではありません。Don Henleyはテキサス州。Glenn Freyはデトロイト。Randy Meisnerはネブラスカ州。Bernie Lindonはミネソタ州の出身です。ただし、その後、カリフォルニア出身のDon Felderが参加。また、この頃にはBernieの替わりにJoe Walshが参加。ロック色を強めています。
 この曲は、ロックの名盤として名高いアルバム「Hotel California」からの第1弾シングル。個人的には、タイトルトラック「Hotel California」よりもこちらのほうが好きだったりしますが、曲の知名度は、「Hotel California」とは雲泥の差がありますね。この曲の作者には、1979年「You're Only Lonely」のヒットで知られる、J.D.Southerの名前も見られます。

8.LOVE THEME FROM "A STAR IS BORN"(EVERGREEN) _ Barbra Streisand
スター誕生の愛のテーマ #1:77/03/05-77/03/19(3wks.)

 「スター誕生」は、ピンクレディーや山口百恵を生んだ伝説の番組で..と言うのは冗談で、ニューヨーク出身のバーブラ・ストライザンドは、ミュージカルスターだったので、歌手と女優の2つの仕事を両立。この曲「Evergreen」は、ネスカフェのCMソングだったことでも知られる「The Way We Were/追憶」に続く2曲目の主演映画の主題歌によるNo.1ヒットとなりました。Barbraはこの曲を自ら作曲。アカデミー賞でも主題歌賞を受賞しています。
 この映画、実に3度目の映画化だったのですが、名作として知られる前の2作に比べるとぱっとせず、はっきり言ってコケてます。まあ、前作のタイトルは「スタア誕生」だったりするのが古めかしいのですが..。

9.RICH GIRL _ Daryl Hall & John Oates
リッチ・ガール #1:77/03/26-77/04/02(2wks.)

 ご存知、Hall & Oatesの最初のNo.1ヒット。しかし、1981年、「Kiss on My List」で大ブレークするまで、こんな大物になるとは誰も思っていませんでした。
 だいたい、Abbaの大ファンだった私は、4/2付けのチャートで「Dancing Queen」が2位まで上がったのに、上昇マークの星印が消えてしまったことを知り、「やめてくれー!"Rich Girl"落ちろー!」と思わず叫んだものでした。
 Daryl Hallはフィラデルフィア生まれ。John Oatesはニューヨーク生まれ。2人はフィラデルフィアの大学で知り合い、その後、お互いが自分のグループを率いていましたが、そのうち2人でコンビを組むようになりました。
 彼らの最初のヒットは、Darylの恋人、Sara Allenのことを歌った「Sara Smile/微笑んでよサラ」ですが、この曲は彼女の別れた男を皮肉った歌で、「Rich Boy」ではまずいので「Rich Girl」にしたのだそうです。

10.DANCING QUEEN _ Abba
ダンシング・クイーン #1:77/04/09(1wk.)

 スウェーデンが生んだ最大のスター、アバの唯一の全米No.1ヒット。
 1972年オリコンで最高位7位を記録するヒット「She's My Kind of Gilr/木枯しの少女」を放った、Bjorn UlvaeusとBenny Andersonによる男性デュオ、ビヨルン&ベニーに、すでにこの曲でもバックコーラスとして参加していた、Bjornの妻、Agnetha FaltskogとBennyの妻、Annifrid Lyngstad(Frida)をくわえ、4人の頭文字を取ってグループ名をABBAとしました。スウェーデンで結成されたAbbaですが、実は、Fridaだけはノルウェー出身です。
 そして、1974年、「Waterloo/恋のウォータールー」がユーロビジョンソングコンテストで優勝。ヨーロッパ各国で大ヒットとなり、以後も大ヒットを連発していましたが、アメリカでの彼らの人気はイマイチでした。
 しかし、イギリスやオーストラリアのチャート番組を聞いていた私が、「Dancing Queen」を知ってから7か月。イギリスでは「Knowing Me, Knowing You」が1位になっていたその週に、アメリカでは、2位までいったのに星が消えたということで半分あきらめていたNo.1を獲得。それを知ったあの夜の感動は忘れることができません。
 日本でもオリコンで最高位19位を記録。Abbaは絶大な人気を獲得したのでした。

11.DON'T GIVE UP ON US _ David Soul
やすらぎの季節 #1:77/04/16(1wk.)

 デビッド・ソウルは、劇中、スタさん、ハッさんと呼びあっていた、テレビドラマ「刑事スタスキー&ハッチ」のケン・ハッチ役で知られる、シカゴ出身の俳優です。とは言っても、当時、日本ではこのドラマは放送されていませんでした。そして、このヒットから半年後に放送が始まり、日本でも人気を呼ぶのですが、その頃には、David Soulが歌手もやっているというのはほとんど忘れられていたような気がします。
 先にこの曲がNo.1ヒットとなったイギリスでは、「Silver Lady/夜明けのシルバー・レディ」も1位になっている他、全部で5曲のヒットがありますが、アメリカでは「Silver Lady」も52位止まり。典型的な一発屋に終わっています。

12.DON'T LEAVE ME THIS WAY _ Thelma Houston
ジス・ウェイ #1:77/04/23(1wk.)

 この曲、自分ではシングルを買ったつもりでいたのですが、レコード棚をさがしても見つかりませんでした。たぶん、この曲もヒットしていた頃に買えなくて、買いそびれたのでしょう。
 この曲は、約10年後、1986年にイギリスではCommunardsのリメイクで大ヒット。こちらでこの曲を知っている方も多いでしょう。
 ミシシッピ州出身のテルマ・ヒューストンは、その後、1979年に「Saturday Night, Sunday Morning」という曲が最高位34位を記録するヒットになっていますが、やはり印象としては一発屋のイメージが強いです。結局、「Don't..」というタイトルの2曲が続けて一発屋になったという感じですね。

 (ジャケット写真は永井 泉実さんにいただきました。)

13.SOUTHERN NIGHTS _ Glen Campbell
哀愁の南 #1:77/04/30(1wk.)

 グレン・キャンベルは、1975年のNo.1「Rhinestone Cowboy」などのヒットで知られるカントリーのビッグスター。アーカンソー州の出身です。
 しかし、1978年のディスコブーム以降、カントリー人気が下火となり、この曲以後、ヒットらしいヒットはありません。
 なぜか、この曲、B面には、彼のギター演奏による「ウィリアム・テル序曲」が収録されています。昔なつかしいテレビ番組「オレたちひょうきん族」のテーマ曲だと言えばわかる人も多いでしょうか?

14.HOTEL CALIFORNIA _ Eagles
ホテル・カリフォルニア #1:77/05/07(1wk.)

 ご存知、名曲中の名曲。私の洋楽カラオケの十八番でもあります。やたらイントロの長い曲だなと思っていましたが、再結成後のMTVのUnplugged Versionでは、さらにイントロが長くなっていました。
 日本では、当時、オリコンで最高位15位を記録するヒットになりましたが、数年前に明石家さんま主演のテレビドラマの主題歌になったことでリバイバルヒット。私がカラオケで歌う回数も増えたような気がします。
 10年以上前になりますが、ソロとして来日したDon Henleyのコンサートを見に行った時、途中、彼は、バックバンドのドラマーを立たせて、自分がドラムセットの前にすわりました。もう、これだけで、「イーグルスの曲をやるんだな!」と私の胸の中は、興奮で高まっていったのですが、すぐに「Hotel California」のイントロが流れ、場内は騒然。コンサートは最高の盛り上がりを見せたおぼえがあります。

15.WHEN I NEED YOU _ Leo Sayer
はるかなる想い #1:77/05/14(1wk.)

 Leo Sayerの「You Make Me Feel Like Dancing/恋の魔法使い」に続く2曲連続のNo.1ヒットは、陽気な前作とは打って変わった名バラード。作曲は「It Never Rains in Southern California/カリフルニアの青い空」のヒットで知られる、Albert Hammond。そして、作詞は、私が一番好きな作詞家、Carole Bayer Sager。Caroleの書く詞には、本当に魅力的なものが多いです。ただ、この頃、彼女自身もアルバムをリリースしているのですが、ほとんどヒットしませんでした。イギリスでは最高位6位を記録している「You're Moving Out Today/おかしな恋人」なんか大好きなんですけどね。

16.SIR DUKE _ Stevie Wonder
愛するデューク #1:77/05/21-77/06/04(3wks.)

 「I Wish/回想」に続いて、またも、Leo Sayerの後にNo.1になったStevie Wonder。仲良く2曲連続No.1です。タイトルの「Sir Duke」とは、もちろん偉大なジャズミュージシャン、デューク・エリントンのことで、この曲は彼に捧げられたものですが、上にもあるように、歌詞の中には、カウント・ベイシー、グレン・ミラー、サッチモ=ルイ・アームストロング、そして、エラ・フィッツジェラルドといったジャズの大御所の名前がずらりと並んでいます。とは言ってもすでに亡くなっている人ばかりですから、若い人にはなじみがないかもしれませんね。

17.I'M YOUR BOOGIE MAN _ K.C. & the Sunshine Band
ブギー・マン #1:77/06/11(1wk.)

 ブギーマンとは、ハロウィンで死んだはずの男が生き返ってきて..というマイナーな映画の話は置いといて、「That's the Way」のヒットでおなじみの、フロリダ出身のHarry Wayne Casey率いるK.C.&サンシャイン・バンドの4曲目のNo.1ヒットは、アルバム「Shake Your Booty」からの第3弾シングル。タイトルトラックに続く2曲目のNo.1でした。この後、同じアルバムから「Keep It Comin' Love」がヒットしますが、こちらは2位止まりでした。とは言え、ヒットを連発する彼らの当時の人気がいかにすごかったかがわかりますね。

18.DREAMS _ Fleetwood Mac
ドリームス #1:77/06/18(1wk.)

 この曲は、アルバムチャートで31週間1位を記録した驚異的なアルバム「Rumours/噂」からの第2弾シングルで、Fleetwood Macの唯一のNo.1ヒットです。
 フリートウッド・マックは、Mic FleetwoodとJohn McVieの2人のイギリス人が中心となって結成されたバンドですが、この頃は、後に参加した、Johnの妻であるやはりイギリス人のChristine McVie、そして、Stevie NicksとLindsey Buckinghamの2人のアメリカ人、この3人がそれぞれ曲を書き、自分が書いた曲は自分でリードボーカルを取るという、後から入った3人の、3者3様の魅力を前面に押し出していました。この3人は、後に、それぞれソロとしてヒットを放っています。
 そして、この3人の中でも、その美貌と、妖しい歌声やメロディラインで、一番人気だったのがStevie Nicks。この曲は、まさに彼女のそんな魅力が詰まった1曲でしたが、どちらかと言うと、LindseyやChristinの書くポップな曲のほうが本来のFleetwood Macのサウンドなので、異色作が1位になっているという感じがします。

19.GOT TO GIVE IT UP, Pt.1 _ Marvin Gaye
黒い夜(パート1) #1:77/06/25(1wk.)

 最初、この曲を聞いた私の印象は、「サビらしいサビはないし、やたら『フー』と言ってばかりの変な曲だな。」でした。まあ、聞き込めばそれなりに味のある曲なのですが、買おうとまでは思いませんでした。
 マーヴィン・ゲイは、「I Heard It through the Grapevine/悲しいうわさ」などのヒットで知られるソウルの大御所。1984年、L.A.の実家で実の父親に射殺されるという悲劇の最期をとげ、直後に、Diana RossやCommodoresが彼を偲ぶ曲を次々とヒットさせています。
 ところで、タイトルの「Pt.1(パート1)」ですが、アナログのシングルは、片面に最高7分くらいしか収録できなかったため、8分以上ある曲は、A面とB面に分けて収録されることがあり、その場合、PART 1がA面。PART 2がB面を表わしていました。このようなNo.1ヒットは何曲かありますが、B面のPART 2のほうが人気の出たNo.1ソングは、Stevie Wonderの「Fingertips」だけです。また、Don McLeanの「American Pie」も、シングルは、PART 1とPART 2に別れていましたが、歌詞にストーリー性があるため、アルバムバージョンの8分全編をかけるラジオ局が多かったので、「PART 1(2)」をつけない、あるいは逆に、「PART 1 & PART 2」として、アルバムバージョンで1位になったことを示唆しています。

 (ジャケット写真は永井 泉実さんにいただきました。)

20.GONNA FLY NOW(THEME FROM "ROCKY") _ Bill Conti
ロッキー #1:77/07/02(1wk.)

 御存知、映画「ロッキー」のテーマ曲。この曲を知らない人はまずいないでしょう。普通、この曲はインストゥルメンタルナンバーとして扱われますが、わずかに歌詞があります。また、写真をごらんになればわかるように、ジャケットには、単に「ロッキー」としか書かれていなかったのですが、多くのカバー版が「ロッキーのテーマ」という邦題をつけていたため、いつのまにか「ロッキーのテーマ」という邦題が定着してしまいました。
 「ロッキー」は私も大好きな映画で、この曲を聞くと、生卵を5個も一度に飲むシーンや、フィラデルフィアの街の中を走るシーンを思い出します。ただ、「ロッキー2」の冒頭にも挿入されている、1作目のラストでは、「リターンマッチはなしだぞ。」とさわやかに話しかけていた宿敵アポロが、「ロッキー2」の本編が始まった途端、「今ここで戦え!絶対倒してやる!」と息巻いていて、「性格が変わってるじゃん。」と思ってしまうのですが..。

21.UNDERCOVER ANGEL _ Alan O'Day
アンダーカヴァー・エンジェル #1:77/07/09(1wk.)

 アラン・オデイはハリウッド生まれ。No.1ヒットに輝いている、Helen Reddyの「Angie Baby」を始め数々のヒット曲を産み出した、売れっ子の作曲家でした。
 アンダーカヴァー・エンジェル=秘密の天使は空想上の恋人ですが、彼女は「あなたに本当の恋人ができた時、彼女の瞳の中に私はいるわ。」と言って去っていきます。 そして、彼に恋人ができた時、彼は彼女の瞳の中に、秘密の天使がいるのかどうかのぞきこむのでした..。といった内容の歌ですが、はたして、天使は瞳の中にいたのでしょうか? 私は、いてもいなくても新しい恋人を愛してあげればいいのではないかと思いますが..。

22.DA DOO RON RON _ Shaun Cassidy
ダ・ドゥー・ロン・ロン #1:77/07/16(1wk.)

ショーン・キャシディーはL.A.生まれ。テレビドラマ「パートリッジ・ファミリー」の母親役を演じたShirley Jonesの実の息子で、同じく「パートリッジ・ファミリー」の長男役を演じたDavid Cassidyの義理の弟です。 「パートリッジ・ファミリー」は家族で歌手になるという内容のドラマで、実際、Partridge Family名義でリリースされた「I Think I Love You/悲しき初恋」は全米No.1になっています。 Shaun Cassidy自身も何回かこのドラマにゲスト出演していました。
 そして、その後、David Cassidyもソロとしてヒットを放っていますがNo.1ヒットはないのに対して、Shaun Cassidyは、デビューヒットが1位となりました。
 ただし、ヨーロッパや日本では、もろにアイドル路線の「Morning Girl/素敵なモーニングガール」でデビューしていますが、アメリカではこの曲はシングルカットされていません。 Shaunはその後も、「All by Myself」のヒットで知られるEric Carmenのバリバリのロック曲「That's Rock and Roll/素敵なロックンロール」や「Hey Deanie」をヒットさせていて、単なるアイドルではないことを強調していたような気がします。
 この曲は、もともとは1963年に女性グループCrystalsがヒットさせた曲のリメイクで、男のShaunが歌うため、歌詞の内容が男女逆になっています。Shaunは「彼女の名前はJill」と歌っていますが、Crystalsは「彼の名前はBill」と歌っていました。

23.LOOKS LIKE WE MADE IT _ Barry Manilow
想い出のなかに #1:77/07/23(1wk.)

 バリー・マニロウはニューヨーク生まれ。本来はシンガーソングライターなのですが、3曲ある彼のNo.1ヒットはいづれも彼が書いた曲ではありません。 特に「I Write the Songs/歌の贈り物」はその題名から、彼が書いた曲だと誤解している人が多いようです。 また、もう1曲のNo.1ヒット「Mondy/哀しみのマンディ」は、月曜日ではなく、女性の名前です。 さらには、日本ではオリコンでも最高位27位を記録する大ヒットとなった「Copacabana」はアメリカでも大ヒットしたと思っているかたが多いようですが、実は最高位8位でそれほど大きなヒットにはなっていません。 これらを私は、Barry Manilowに関する3大誤解と呼んでいます。勝手にではありますが..(^_^;)。

24.I JUST WANT TO BE YOUR EVERYTHING _ Andy Gibb
恋のときめき #1:77/07/30-77/08/13,77/09/17(4wks.)

 アンディ・ギブは、Bee GeesのGibb3兄弟の弟。普通、オーストラリア人と言われますが、ギブ家がイギリスからオーストラリアに移住したのは彼が生まれた半年後のことで、出身はイギリスのマンチェスターです。
 後に、やはり、イギリス生まれで家族ごとオーストラリアに移住したOlivia Newton-Johnと、デュエット曲「I Can't Help It」をヒットさせますが、何かのテレビショーで、この2人が「お互いオーストラリアなまりがあるね。」と笑っていたような気がします。
 そして、Bee Geesの兄達が作曲、プロデュース、バックコーラスもつとめ、強力なバックアップで産み出したデビュー曲がNo.1に輝きました。Hot 100では「Best of My Love」にトップを奪われた後も3週2位をキープし、4週目に3位に後退。もうだめかと思われた翌週、ゾンビのようによみがえって1位に返り咲き、その結果ロングランヒットとなりました。
 この年、Billboardの発表した年間チャートでは、前の年の年末にヒットしたRod Stewartの「Tonight's the Night/今夜きめよう」が年間1位になっていますが、「American Top 40」が放送した独自の年間チャートでは、この曲が見事に年間1位に輝いています。

25.BEST OF MY LOVE _ Emotions
ベスト・オブ・マイ・ラブ #1:77/08/20-77/09/10,77/09/24(5wks.)

 「Best of My Love」と言うと、どうしても Eaglesの「The Best of My Love/我が愛の至上」のほうを思い出してしまいますね。
 エモーションズは、シカゴ出身のHatchsons姉妹による、黒人女性グループ。最初は、Janet、Sheela、Wandaの3人だったのですが、この頃には長女のJanetが抜け、かわりに四女のPamelaがくわわっています。
 グループの結成は1958年に遡り、ずっと芽が出なかったのですが、1975年、Earth, Wind & Fireのバックコーラスをつとめるようになり、E,W&Fのバックアップをうけるようになってヒットを放ちました。この曲も、E,W&FのMaurice Whiteが作曲、プロデュースを担当。E,W&Fが演奏にも参加しています。
 この曲は一度、1位から3位に落ちたのに、翌週、1位に返り咲きました。1度落ちた曲が再浮上することがめったにない当時のBillboard Hot 100において、2週続けて、3位まで落ちた曲が1位に返り咲いたわけで、ちょっとした珍事でした。

26.STAR WARS THEME/CANTINA BAND _ Meco
スター・ウォーズのテーマ #1:77/10/01-77/10/08(2wks.)

 この頃、アメリカで、「Star Wars」というSF映画が大ヒットしているらしいという話はよく耳にしました。ところが、日本での公開は翌年の7月と発表されていただけで、詳しい情報がなかなか入ってこないので、「どんな映画なんだろう?」と期待に胸ふくまらせていました。
 そんな時、いかにもクラシック風の、London Symphony Orchestraによるサントラ盤のテーマ曲が最高位10位を記録。「よくこんな曲がヒットするな?」と不思議に思っていた途端、その曲を追い抜いて1位になってしまったのが、この曲でした。
 ディスコ風のアレンジに、シンセサイザーで合成された登場人物達の声がくわわり、さらには、題名にもある「酒場のテーマ」をはじめとする、メインテーマ以外の曲もメドレーとなっている構成。なるほど、ヒットするわけです。
 さて、MecoことMeco Monaldはペンシルヴェニア生まれ。続くSF映画のヒット作「Close Encounters of the Third Kind/未知との遭遇」のテーマもカバーをリリースしていますが、こちらは本家John Williamsの最高位13位に対して、最高位25位と本家にはかないませんでした。

27.YOU LIGHT UP MY LIFE _ Debby Boone
恋するデビー #1:77/10/15-77/12/17(10wks.)

 毎週のようにコロコロ1位が変わっていたこの時期にあって、10週連続No.1という驚異的な記録を作ったのがこの曲。とにかく「まだ1位なのか!」「今週も1位かよ!」の連続でした。
 Debby Booneは「Love Letters in the Sand/砂に書いたラブレター」などのヒットで知られる大スター、Pat Booneの4人娘のうちの3番目。この曲で一躍有名になったものの、その後はカントリーヒットはあるもののポップチャートでのヒットはなく、最大の一発屋と言われています。
 この曲は、同名映画「You Light Up My Life/マイ・ライフ」の主題歌で、映画主題歌のカバーが2曲続けて1位になったことになります。

28.HOW DEEP IS YOUR LOVE _ Bee Gees
愛はきらめきの中に #1:77/12/24-78/01/08(3wks.)

 「You Ligt Up My Life」に変わって1位になったのは、またしても映画からの曲でした。「Star Wars」と同じように「Saturday Night Fever」という映画がアメリカで大ヒットしているという話は伝わっていたものの、この映画が日本で公開されるのかどうかも不明。映画ファンとしては悩み多い時期でした。
 Bee Geesは、Barry,Robin,MauriceのGibb3兄弟によるグループ。RobinとMauriceが双子なのは有名です(あまり似ていないのですが..)。
 1968年、オリコンでも1位になった「Massachusetts」の頃は他のメンバーもいたのですが、結局は3兄弟だけになりました。日本では、映画「Melody/小さな恋のメロディー」のサントラが映画とともに大ヒット。「Melody Fair」を始めとするラブサウンドのイメージが強いのですが、当時、すでに、「You Should Be Dancing」などのディスコヒットを放っていました。 ところが、Andy Gibbの「I Just Want to Be Your Everything」といいこの曲といい往年のBee Geesサウンドを彷彿させるサウンドで、昔の路線に戻ったのかと思わされたのですが、そうでないことはすぐにわかるのでした。


- PLUS ALPHA -


DON'T IT MAKE MY BROWN EYES BLUE _ Crystal Gayle
瞳のささやき #2:77/11/26-77/12/10(3wks.)

 Billboard Hot 100では10週連続1位を記録した「You Light Up My Life」でしたが、Cash BoxでのNo.1は8週で、その代わり1位になったのがこの曲でした。
 この曲は、日本では、1991年にテレビドラマの主題歌となって小ヒットしたローラ・フィジーの曲のオリジナルです。
 クリスタル・ゲイルは、その名の通り透明感を感じさせる美人でした。本来はカントリーシンガーで、この曲以外には、ポップチャートでは「Talking in Your Sleep」ぐらいしかヒットがありませんが、カントリーチャートでは多くのヒットがあります。
 おかげで、それほどカントリーっぽくないこの曲も、多くのカントリーアーティストがカバーしています。

Home A.T.40 Title 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986
Copyright(c) HBR.Production,2000
Nobeoka City,Miyazaki Pref.,JAPAN